カスハラとは?その影響と企業に求められる対策を解説
近年「カスタマーハラスメント(以下カスハラ)」という言葉を耳にする機会が多いのではないでしょうか。カスハラは増加傾向にあり、発生する場面や内容は様々です。
本記事ではカスハラが起こるとどのような影響があるのか、企業はカスハラにどのような対策を講ずる必要があるのかを解説します。
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目次[非表示]
- 1.なぜ今カスハラが注目されているのか?
- 1.1.カスハラ問題と法規制
- 1.2.カスハラとは?
- 2.カスハラの現状
- 2.1.データで見るカスハラの影響
- 2.2.カスハラの被害を受けた人の声
- 3.カスハラの影響
- 4.企業に必要なカスハラ対策
- 5.まとめ
なぜ今カスハラが注目されているのか?
カスハラが注目されるようになった背景には、カスハラが看過できない問題として社会的に広く認識されるようになったことがあります。その中でも、より課題が顕著なサービス業界を皮切りに法規制が始まり、規制が進んだことでさらに注目されるようになっているといえるでしょう。
カスハラ問題と法規制
近年サービス業界を皮切りにカスハラに対する法的規制の動きが進んでいます。
- 2020年に施行された「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(パワハラ指針)」(※1)で「顧客等からの著しい迷惑行為により就業環境が害されることが無いように配慮する」ことが義務づけられるようになった
- 2023年12月に施行された改正旅館業法(※2)では宿泊施設側が迷惑客の宿泊を拒否することが可能になった
- タクシーやバスの乗務員の氏名がSNS上に晒されるリスクが高まっているため、乗務員の氏名を掲示する義務が廃止された(※3)
また自治体でも条例によってカスハラを禁止しようとする動きが広がっています。東京都では「カスハラ」防止条例の2024年内提出を目指していて、制定されれば全国初となります。(※4)
カスハラとは?
カスハラは厚生労働省のカスタマーハラスメント対策企業マニュアル(※5)で以下のように定義されています。
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業関係が害されるもの
カスハラは通常のクレームとの区別が難しいですが、要求内容と要求態度が特徴であるとされています。(※6)
クレームの中には正当なクレームと不当なクレームがあります。正当なクレームは原状回復などを求めるもので、顧客からの要求に応える責任があります。一方不当なクレームは要求の内容や方法が不当なもので、カスハラに該当します。
企業としては、対応する範囲を決めるために、正当なクレームと不当なクレームの区別が重要です。また、要求を伴わず嫌がらせを目的として行われるものも、カスハラに該当します。
例えば以下のような要求がカスハラに該当します。
(1)欠陥があった商品の代金より、高額な賠償を要求する
(2)謝罪として土下座を要求する
(3)従業員の解雇を要求する
(4)自社製品以外への対応を要求する
(5)不当な返品を要求する(返品期限を過ぎている返品など)
(6)実現不可能な要求をする(法律を変える、子どもを泣き止ませるなど)
(7)発生した事実に対して相応に対応したにも関わらず、企業トップを出せと要求する
(8)暴力を振るう、身体を触るなどの行為をする
(9)性的な発言、女性蔑視の発言をする
また、カスハラの要求態度にはいくつかのパターンがあります。
カスハラの現状
このように現在、対策の必要性が認識されつつあるカスハラですが、実際にどのような状況なのか、厚生労働省のハラスメント実態調査とピースマインドに寄せられるご相談からご紹介します。
データで見るカスハラの影響
厚生労働省のハラスメント実態調査(※7)によると、パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントは減少傾向にある一方、カスハラは増加傾向にあります。
約2人に1人がカスハラの被害に遭っているという調査結果(※9)もあり、カスハラは決して珍しいものではなくなっています。
業種別では医療・福祉が53.9%、宿泊・飲食サービス業が46.4%、不動産・物品賃貸業が43.4%などとなっています。顧客と直接やり取りが発生するサービス業を中心に、カスハラが深刻化する傾向が見られます。また、従来「クレーマー」はBtoCの業態に多いと考えられてきましたが、昨今ではBtoBでも受発注の関係性を背景にカスハラが起きていることが明らかになっています。(※9)
カスハラの被害を受けた人の声
また、ピースマインドのEAPご相談窓口では、カスハラやクレーム対応の負担について、以下のようなご相談が寄せられています。
「クレームを受け続けることで、仕事に対する自信がどんどん失われていった」
「システムの問題なので、自分のせいではないとわかっているのに批判され続けると、自分がダメなんだという感情になっていく」
「クレームを受け続けていると、普通の電話対応等でも緊張してうまく対応できないようになった」
「1日の始まりはポジティブに行きたいが、今日もあの人からクレームが来るかもしれないと思うと、気が重くなる」
「クレーム対応でメンタル不調になり、休職し、復職したが、受話器に触れるだけで震えが来て、再休職することになった」
カスハラの影響
様々な形や場面で起こるカスハラに対して法律による規制が加えられようとしていますが、この章ではカスハラの影響について、「従業員」「企業」「他の顧客」の視点でお伝えしていきます。
従業員への影響
カスハラを受けた従業員には、嫌な思いや不快感、腹立たしい思いなどのストレス反応が長期間続くことで、業務効率やパフォーマンスの低下に繋がることがあります。不安な気持ちが続く、同じような事が起こることへの恐怖、眠れないなどのより強いストレス反応を示す場合には、通院・服薬が必要なこともあります。
また、厚生労働省の調査によると、仕事上の強いストレスが原因でうつ病などの精神障害になり、労災と認められた人は2023年度に883人とこれまでで最も多くなっています。そのうち、カスタマーハラスメントによる労災は52人と6%ほどを占めています。
企業への影響
カスハラによる企業への影響は、大きく2つが挙げられます。
①カスハラ対応によって通常業務に支障が出る
1点目は通常業務に支障が出るという点です。
業務中に発生したカスハラの対応に従業員が割かれてしまうことで、通常業務を行う従業員が減り、業務が滞ってしまいます。これにより時間外労働を行うなど、従業員に負担が生じてしまいます。
②従業員の意欲・エンゲージメントが低下し、離職リスクにつながる
2点目は従業員の労働意欲・ワークエンゲージメントが低下することで離職リスクにつながるという点です。
厚労省による調査(※7)では、カスハラが発生した企業の61.3%が「従業員の意欲・エンゲージメントが低下した」と回答しています。顧客対応で時間が割かれることで、本来の業務ができないと、「自分は今いったい何をやっているんだろう」という気持ちになり、やるせなさや不安感がエンゲージメント低下に繋がっていると思われます。
また、「従業員が休職・退職した」というケースも22.6%あり、カスハラ対策の必要性が伺える結果といえるでしょう。
他の顧客への影響
さらに、カスハラによる他の顧客への影響も軽視できません。カスハラが頻発することで、カスハラへの対応に人員を割かなければならず、他の顧客への対応、サービス提供に影響が及ぶ可能性があります。
企業としては、カスハラに対して毅然とした対応を取ることで、従業員を守り、本来の業務を安定して行えるよう、対処することが求められます。また、毅然とした対応を取ることで、顧客や取引先から企業としての姿勢に対する理解・共感を得ることができます。
企業に必要なカスハラ対策
最近では、航空業界大手のANAグループとJALグループが「カスタマーハラスメントに対する方針」を共同で策定し、カスハラに対しては警察への通報なども含め組織として毅然とした対応を取る姿勢を明確にしました。今後多くの企業において、カスハラへの対応方針が整備されることとなるでしょう。この章では、カスハラに関する企業の責任と具体的な対策について説明します。
なぜ対策が必要なのか?
改めて考えるカスタマーハラスメントに関する企業の責任
企業は、従業員が安心・安全に働くことができる環境を整えなければならない安全配慮義務を負っています。カスハラ対策を怠った結果従業員に心身の不調が現れた場合、安全配慮義務を果たさなかったとして従業員から損害賠償を請求される可能性があります。小学校において保護者からのカスハラに対策を講じなかったとして損害賠償が命じられた判例もあります。(※10)
カスハラへの対応は、安全配慮義務を履行する目的だけではなく、人材確保の観点においても重要です。カスハラへの対応方針を示すことは、従業員を大切にする姿勢を示すことです。優秀な人材を確保するためにも、カスハラに対して毅然とした対応をとることを示すことは有効です。
まずはここから!基本方針の周知、体制整備
はじめにカスハラに対する企業の方針を定め社内に周知する、またカスハラを受けた従業員が相談できる体制を整備することが必要となります。
企業としての基本方針を明確にすることで、従業員を守り尊重している環境であるという安心感が生まれます。また、従業員側からもカスハラに関して意見を述べやすくなり、再発防止にも繋がります。
方針を定めたら、相談体制の整備を行います。相談対応者は、相談者の上司や現場の管理監督者が担うことが考えられます。相談対応者は、相談の対応のほか、発生した事実の確認や関係部署への情報共有を担います。
体制の整備と合わせて大切なポイントは、「自分の責任と思わない」「被害を受けたらすぐに上長に報告する」といった啓発的メッセージを日々伝えることです。また、従業員同士で日頃の悩みや気持ちを共有し、互いにサポートし合えることのできる機会を定期的に設けることも効果的です。
カスハラ個別事案への対応
では実際にカスハラとなる事案が発生した場合はどのように対応するのでしょうか。
①事実関係の正確な確認と事案への対応
はじめに事実関係の正確な確認と事案への対応が求められます。
時系列に沿ってカスハラが起こった状況や事実関係を正確に把握、理解します。続いて顧客の要求している内容を把握します。以上を踏まえて、顧客の要求内容が妥当であるか、顧客の要求の手段や態様が社会通念上相当であるかを検討します。
②従業員への配慮措置
次に従業員への配慮を行います。
顧客が暴力行為やセクハラ行為を行ってくる場合、対応者を変える、従業員を離れたところに移動させるなどで従業員の身体の安全を確保しなければなりません。
また、顧客からの行動や言動により従業員にメンタルヘルス不調の兆候が見られる場合には、産業医や臨床心理士などの専門家にアフターケアを依頼する、あるいは医療機関の受診を促します。
③再発防止の為の取り組み
問題が一旦解決した後も、再発防止に取り組むことが効果的です。具体的には、事案について従業員に共有を行う、社内で事例を検証し新たな防止策を検討するなどの方法があります。
カスハラは、顧客の立場的優位性を背景にしたハラスメントであり、企業内のハラスメントと比較して、顧客に対しハラスメント行為防止の働きかけを行うことは難しいといえます。そのため、最近では、生成AIなどの先端技術を使い、顧客による迷惑行為カスハラ対策に取り組む企業も増えてきています。例えば、ソフトバンクが開発中の「エモーション・キャンセリング」は、AI技術を活用して、電話でのクレーマーの声を穏やかなトーンに変換することで、コールセンターのオペレーターの心理的負担を軽減します。この技術は、2025年度中に事業化される予定とのことです。
まとめ
本記事では、カスタマーハラスメント(カスハラ)が企業にどのような影響を与えるのか、また企業がどのような対策を講じるべきかについてご紹介しました。対応策を検討する際には、厚生労働省が提供している『カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル』を参考にすることをお勧めします。
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参考文献
※1:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
※2:旅館業法改正
※3:バス、タクシーなどの車内における乗務員等の氏名表示がなくなります!
※4:カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会
※5:カスタマーハラスメント対策企業マニュアル
※6:顧客からのハラスメントの定義と その対応に関するガイドライン 第 2 版
※7:令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書
※8:「カスタマーハラスメント対策アンケート調査結果」 記者レクチャー資料
※9:2023年度 取引先からのカスタマーハラスメント(迷惑行為・悪質クレーム) 調査結果報告
※10:甲府地裁平成30年11月13日判決