企業のためのLGBTQ支援とメンタルヘルス:心理専門家の視点から
令和6年に成立・施行された「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」には「全ての国民が、その性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものである」と明記されています(※1)。この法律の成立を受け、企業も社内のダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(以下、DE&I)を推進する中で、多様な性のあり方について深く理解し、適切な施策を検討することが求められています。
本記事では、DE&Iの観点から、多様な性の在り方と企業に求められる取り組みについて解説します。
目次[非表示]
- 1.多様な性の在り方
- 2.なぜ性の多様性に関する施策が必要なのか
- 2.1.LGBTQが抱える社会的課題とメンタルヘルス
- 2.2.多様な性のあり方に関する取り組み
- 2.2.1.SOGIハラに関する国の指針
- 2.2.2.教育・行政・司法領域におけるSOGIへの取り組み
- 2.3.企業に求められる取組み
- 2.3.1.企業の取り組み状況
- 2.3.2.LGBTQ施策で重要な3つのポイント
- 3.まとめ
- 4.サービス紹介
多様な性の在り方
多様な性の在り方について言及される際にはよく、「SOGI」や「LGBTQ」といった言葉が用いられます。この章では、それぞれの定義や違い、そして当事者の直面している課題について解説します。
SOGIとは
「SOGI」(ソジ)とは性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の頭文字を取った言葉です。性表現(Gender Expression)と合わせてSOGIE(ソジー)と表現されることもあります。SOGIは特定の性のあり方を示す言葉ではなく、誰もが持っている指向や認識のことです。性のあり方は無自覚にマジョリティに寄せて捉えてしまいがちですが、マジョリティもマイノリティも含めて、全ての人にそれぞれの性のあり方があると考えることで、全ての人が当事者意識を持って考えることができるという点に意義があります。それぞれの定義について東京レインボープライドを参考に説明します(※2)。
性的指向(Sexual Orientation) |
性自認(Gender Identity) |
性表現(Gender Expression) |
性の在り方は全ての人たちに保障されるべき権利のため、個人の SOGIに関連する差別的な言動や不当解雇などの不利益を与えることは、ハラスメントに抵触します。
SOGIに関するハラスメントについては以下の記事で解説しています。
先述の通りSOGIは誰もが持っている性のあり方を指しますが、そのあり方がマジョリティとは異なる場合に「LGBTQ」をはじめとした性的マイノリティとして表現されます。そこで、ここからはLGBTQを例に挙げて性的マイノリティについて説明します。
LGBTQとは
本章の内容は、Magazine for LGBTQ+Ally - PRIDE JAPANを参照しています(※3)。
LGBTQとは、レズビアン(Lesbian)・ゲイ(Gay)・バイセクシュアル(Bisexual)・トランスジェンダー(Transgender)・クィア又はクエスチョニング(Queer/Questioning)の頭文字を取ったものです。これらのセクシュアリティに関わらず、全ての性的マイノリティ当事者を指す総称の1つとして使用されています。LGBTQが性的マイノリティを意味することに対して、SOGIではLGBTQを含めた性の在り方全般を指す点が、両語の違いとして挙げられます。
本記事では以降、性的マイノリティ当事者の総称としてLGBTQを使用します。
同性愛とは性的指向が同性のことを指し、レズビアン(女性同性愛者)・ゲイ(男性同性愛者)などが例に挙げられます。バイセクシュアル(両性愛者)は、好きになる相手の性別が男女どちらもありえる人のことをいいます。
トランスジェンダーとは、出生時に割り当てられた性別と異なる性別で生きたいと願う、または現に生きている方のことをいい、クエスチョニングは性的指向や性自認が定まっていない、揺れ動いている、決めたくないという方、 クィアは性的指向や性自認が非典型な方全般を指す場合が多いです。
それでは、なぜ性の多様性について深く理解し、施策を検討する必要があるのでしょうか?本記事では社会、特に企業においてどのような取り組みが求められているのかに焦点を当てて解説します。
なぜ性の多様性に関する施策が必要なのか
LGBTQが抱える社会的課題とメンタルヘルス
社会問題
LGBTQ当事者は、社会的なマイノリティとして、さまざまな課題に直面しています。学生時代や職場での生活、パートナーシップの形成、高齢期に至るまで、人生の各ステージで多くの社会的課題があります。以下の図はその一例を示しています。
LGBTQのメンタルヘルス
国立社会保障・人口問題研究所が大阪市を対象に行った無作為抽出調査では、LGBTQ当事者のメンタルヘルスがそうでない人よりも統計的に悪い傾向があることが明らかとなりました(※4)。具体的には、LGBTQ当事者が深刻な心理的苦痛を感じている可能性を示す数値がLGBTQ以外の人の約2.3~2.5倍でした。また自殺企図の割合が約2〜5倍、未遂経験の割合が約6〜10倍でした。このことから、LGBTQ当事者が抱えている問題はかなり深刻であり、LGBTQ当事者が生きやすい社会を整えることの必要性が強く再確認された結果だと考えられます。
多様な性のあり方に関する取り組み
このような現状を受けて、LGBTQに関する社会の認識も変わりつつあります。
SOGIハラに関する国の指針
厚生労働省の示す指針において、同性間でもセクハラが成立することや、SOGIに関する侮辱やアウティング(人のSOGIを、LGBTQ当事者の許可なく他の人に言いふらしたり、SNSなどに書き込み暴露すること)がパワハラに抵触することが示されています。また、同じく厚生労働省によるモデル就業規則では、SOGIハラ禁止の旨が明記されています。
また自殺対策の重要施策として、LGBTQへの支援を充実させることが必要であることが記されています(※5)。その理由は、無理解によるLGBTQへの偏見や言動が、当事者の自殺念慮につながることが懸念されているためです。
教育・行政・司法領域におけるSOGIへの取り組み
教育領域における変化の例では、中学・高校での制服に選択の自由が増えている事例が多く見られます。性表現(GE)に関わる重要な服装について、個人の選択が尊重されるようになったと言え、このような取り組みは徐々に普及していると言えます。
行政では、SOGIの理解増進を目的とした指針・条例の制定だけでなく、相談窓口の開設や居場所づくり、啓発イベントなどを行っている自治体も増えています。例えば国立市や東京都では、パートナーシップ制度の設置制度が導入されています。
司法では、近年SOGIハラに関する訴訟によって、実際にLGBTQの主張が認められるような事例も出てきました。SOGIハラによる労災認定などの事例から、司法領域においてもSOGIをめぐる考え方に大きな変化が起きていることがわかります。
このように社会全体の捉え方が変化していることから、企業も積極的にSOGIについての取り組みを行うことが重要であることがわかります。次章では、企業に求められる取り組みについて解説します。
企業に求められる取組み
企業の取り組み状況
厚生労働省が実施した「性的マイノリティに対する配慮や対応を意図した取り組み」に関する調査によると、LGBTQに関する取り組みを行っている企業は全体の約10.9%に留まっています(※6)。しかし、施策を行っている企業では、従業員の心理的安全性が高いことが示されており、職場での取り組みを推進することは、企業にとって大きな利点があることがわかります(※7)。
しかしながら、まだまだ取り組みが不十分だと考えている企業が多いのが現状です。
LGBTQ施策で重要な3つのポイント
私どもピースマインドでは、LGBTQ施策において重要なのは、①当事者への直接支援、②社内制度の整備、③職場風土の変化の3つのポイントであると考えています。これらの要素は互いに関連し、相互に影響を与え合います。以下で、各ポイントについて具体的に説明します。
1. 当事者への直接支援
最初のポイントは、LGBTQ当事者への直接的な支援です。何か問題が生じた際にすぐ相談できるような窓口の設置が必要です。
LGBTQ当事者が仕事や職場、キャリアなどの相談をする中で自身のSOGIに言及される方も少なくありません。しかし、SOGIを理由に様々な課題を抱えてきた当事者にとって、悩みを開示するのはハードルが高い場合があります。そのため、当事者が相談しやすい雰囲気を作ることが重要です。例えば、相談窓口のプロモーションを行い、利用のしやすさを周知することで支援が届きやすくなります。
また、SOGIに関する悩みに専門的に対応する相談窓口を設置している自治体もあります。職場に関連しない相談が必要な場合には、これらの外部窓口を紹介することも有効です。
2. 社内制度の整備
次に、福利厚生を含むSOGIを尊重した社内制度の整備が重要です。例えば、同性パートナーを配偶者結婚と同様に扱い、結婚休暇や祝い金などの福利厚生の対象に含める制度があります。また、トランスジェンダーの従業員向けに、性別移行の支援制度を整備することも考えられます。
企業は、SOGIに基づく差別や不利益が生じないよう、公正な配慮や対応を事前に検討し、実施することが求められます。
3. 職場風土の変化
ハード面(制度や相談窓口)の整備だけでなく、職場風土といったソフト面のアプローチも同時に進めることが重要です。制度や相談窓口が十分に機能するためには、従業員の意識の高まりが不可欠です。
そのためには、SOGIに関する教育や研修を充実させるだけでなく、アライ(LGBTQの理解者であり、支援者となる人)の育成にも力を入れることが大切です。また、社外向けのイベントに積極的に参加することは、SOGIに関する理解が促進されるだけでなく、企業の姿勢が社内外に浸透する効果もあります。
これらの施策は、一度実施するだけで終わるのではなく、結果を振り返り、継続的に改善しながら向上させていくことが重要です。
まとめ
本記事では、SOGI(性的指向および性自認)について、特にLGBTQ当事者が直面するメンタルヘルスの課題に対して、企業がどのように取り組むべきかを解説しました。LGBTQ施策において重要なのは、①当事者への直接支援、②社内制度の整備、③職場風土の変化の3つのポイントです。これらの要素は互いに関連し、相互に作用し合います。企業は、これらの施策を単に実施するだけでなく、定期的に評価し、改善を図りながら継続することが重要です。
また、今回紹介した3つの支援ポイントには、EAP(従業員支援プログラム)を活用することができます。EAPでは、職場で発生する様々な困りごとの解決支援を行っていますが、ご相談の中にはSOGIに関連する問題も含まれることがあります。SOGIは個人のアイデンティティに深く関わるため、支援する際には特に丁寧に扱う必要があります。したがって、支援のための制度や体制を整えることはもちろん、個人のSOGIに対して理解し、寄り添う意識を職場全体で共有し、職場風土を醸成することが重要です。
サービス紹介
EAPとは、はたらく人の「はたらくをよくする®」ために、心理学や行動科学の視点から職場のパフォーマンス向上などに対し解決策を提供するプログラムです。専用ホットライン、予約制カウンセリング(対面・電話・オンライン対面)などを通じてサポートいたします。職場内やご自身に不安や悩みがある際や、メンタルヘルスに関する知識やアドバイスが欲しい時など、様々な場面でご活用をご検討ください。
またピースマインドは、ハラスメントの「準備」「施策」「対処」の各ステップを支援する様々なサービスを用意しています。ハラスメント防止のための措置義務を遵守するためのサポートを行う「職場のハラスメント対策支援サービス」や職場のパワーハラスメントのリスクを把握し、予防するための新尺度である「パワハラ・インデックス」等を活用した職場のハラスメントの予防・解決支援をご提供しております。
その他にも社員教育・サポート、再発防止のための事後課題解決サポート、ハラスメント相談窓口などのサービスもございます。ハラスメント対策に課題をお持ちの方は、ぜひお問い合わせください。
参考文献
※1 法務省「性的マイノリティに関する偏見や差別をなくしましょう」
※2 特定非営利活動法人東京レインボープライド「LGBTQとは?」
※3 Magazine for LGBTQ+Ally - PRIDE JAPAN「LGBTQとは?」
※4 大阪市における無作為抽出調査からみた セクシュアル・マイノリティのメンタルヘルス
※5 厚生労働省「自殺総合対策大綱」(令和4年10月閣議決定)(概要)
※6 東京弁護士会「職場における性別移行ガイド(2022年7月28日号)」
※7 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「令和元年度 厚生労働省委託事業 職場におけるダイバーシティ推進事業 企業アンケート調査」